<< 作成日時 : 2008/07/05 23:55 >>
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楽しい、うれしいを共有する友は多くとも 辛い、苦しいを分かちあえる友は・・・・ 逆の立場を考えると納得できますよね。 楽しい、うれしいは山ほど浴びてなおうれしい。 でも、誰かの苦しみや辛さを受け取ることは 人一人、思い切り両手を広げても限りがあるもの。 人生の苦さ、ぐいっと飲み込んでくれる友は宝。 浅草はほおずき市の季節ですね。 別世に逝った魂を小さな赤い灯火が導いてくれる。 さくらんぼも優しい灯火に見えます。 ほおばったお口の中をぼんやり照らしそう♪
そう、ひとの苦しみつらさを受け取ることは 精一杯やっても限りがある。また、手を差し 伸べてくれても受け入れぬ愚かさを痛恨の 思いとして持っています。 何気ないタイトルで、友人への感謝を綴った だけのように書いたこの記事の、もうひとつの意味を 汲み取ってくださってありがとう。body&soulIVさん。 宝の友が歳とともに旅立ってゆくのがつらいです。 なんて弱音を吐かず、なすべきことをなさなきゃ。